教科書採択に思う

歴史・公民教科書は自立した市民を育て、平和な世界をつくるもの

東京都教育委員会は7月28日、都立の中高一貫校4校(中学)、都立盲・ろう・養護学校(小・中、一部別途採択)で、来春から使われる教科書について採択を行った。「新しい歴史教科書をつくる会」(扶桑社版)の教科書が、課題はおろか、評価理由さえひとことの発言もないまま、全員一致をもって採択されたという事実に驚きを禁じ得ない。
 
 狛江市では昨日8月9日の教育委員会で中学校の教科書採択が行われた。
歴史教科書は東京書籍のもの、公民教科書は清水書院のものに決まっ た。

 日本政府は、93年の河野洋平官房長官の「慰安婦」問題談話、95年の村山富市首相の侵略反省談話、00年の日韓共同宣言などで、侵略戦争と加害の歴史を教育を通じて長く記憶にとどめ、二度と同じ過ちを繰り返さないと宣言している。
 国際公約にも違反する教科書を検定合格させ、現場の教員の意見を排除した採択制度へと改悪し、「つくる会」以外の教科書からも「慰安婦」の記述、「侵略」「虐殺」などの用語の削除を「自主規制」として事実上の強制を行なってきた政府・文部科学省の責任は重大である。

 今日の朝日新聞朝刊で、都内私立では初めて玉川学園が扶桑社版の歴史教科書を採用するというニュースを読んだ。

 中学校時代の教科書のことなんか何も覚えていないという人のほうが多いかもしれない。身近にいる若者に聞いてみた。「中学校でなんか近代、現代史までたどり着く前に1年間が終わっちゃったよ。」こともなげに言い放つ。でも、これでいいのか。
 
 8月15日が近づくと毎年第2次世界大戦にちなんだニュースや番組が企画される。現在世界にはテロや内紛、大国の軍国主義が渦巻いている。そういう世界に未来を担う子どもたちが生きている。
 
 日本の子どもたちはそのなかでどれだけ平和のことを自分に引き付けて考えられるだろうか。どういう思いで戦争の記事を読み、テレビなどを見ているのだろう。戦争を語り継ぐ人たちがどんどん少なくなっている。遠くにある平和資料館などに足を運ばない限り身近に戦争を感じるものすら少なくなっている。歴史を風化させてはいけない。
 
 すでに良くも悪しくも地球のグロ−バル化が始まっている。この子たちが将来平和に、自立した自分らしい生涯を送るためにはぜひとも歴史を感じ、直視する力を培ってほしいと願わずに入られない。差別や、貧困や、戦争やありとあらゆる平和に手向かうものに、手をつないで立ち向かっていく地球市民になってほしい。
 
 自国史への反省も批判もなくナショナリズムのみを強調するような教育をされてしまったとしたら、子どもたちの未来はあるとは思えない。

 あまたの自治体におられる教育委員の良識ある教科書採択を願うばかりである。

◆狛江・生活者ネットワークは教科書採択に市民参加を提案
 
以前はひっそりと旧第2小学校内教育研究所で行われていた教科書展示を中央図書館と西河原公民館及び新しい教育研究所に展示するようになりました。
また、開催場所で同時に市民の意見箱を設置し、感想や意見を投稿できるようにしました。(01年から)